大判例

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札幌高等裁判所 昭和53年(ウ)145号 決定

申立人

甲野太郎

申立人

甲野花子

右代理人

入江五郎

高野国雄

相手方

比田勝孝昭

相手方

竹田保

主文

申立人らの本件申立を却下する。

理由

一申立人らの本件申立の趣旨及び理由は、別紙記載のとおりである。

二よつて審案するに、

(一) 裁判所に対し訴訟上の救助を求めるには、訴訟費用を支払う能力がないことのほかに、「勝訴ノ見込ナキニ非サル」ことを必要とすることは、民訴法一一八条の規定に徴して明らかである。ところで、右が「勝訴ノ見込ナキニ非サル」とは、必ずしも見込がないことはないという意味であつて、勝訴の見込みがあるというよりも緩かなものと解されるが、第一審で敗訴した控訴人が第二審において訴訟上の救助を申立てるには、(イ)第一審において提出した証拠及び第二審で提出可能な証拠からみて、第二審では勝訴の見込みがなくはないこと、(ロ)第一審判決に事実上、法律上の瑕疵があるため、右判決の取消の可能性がなくはないこと、(ハ)控訴人が第二審で提出する新たな主張とこれを証する証拠の提出により控訴人が勝訴する見込みがなくはないことなどを具体的に明示して、これを疎明しなければならないものと解するのが相当である。

(二)  ところで、本件において申立人らが提出した控訴状には、原判決に対する不服の理由が明らかにされていないが、本件訴訟救助の申立書には、原判決に対する不服の理由ないし勝訴する見込みが充分ある旨の理由が詳述されているので、これを中心として、勝訴の見込みの有無について検討する。

1  原判決は、申立人甲野太郎に対して相手方らが行つた前頭葉白質切截術(以下、「本件手術」という。)は、患者本人たる右申立人甲野太郎の同意なくして行われ、かつ、ロボトミーの最終手術性の制約に反して行われたもので違法であるから、相手方らにおいて不法行為責任を免れないと判断したうえ、申立人甲野太郎の慰藉料として一二〇〇万円、逸失利益として一四七九万二五八七円、介護料等として六三一万六五二八円、弁護士費用として四九六万円、申立人甲野花子の慰藉料として一〇〇万円、弁護士費用として一五万円がそれぞれ相当であると認め、相手方らは、各自申立人甲野太郎に対し三八〇六万九一五五円、申立人甲野花子に対し一一五万円を支払うべきものとし、主文において右各金員とこれに対する昭和四八年六月五日から各支払ずみまで年五分の割合による金員の支払を命じたものである。

2  申立人らは、原判決が申立人甲野太郎の本件手術前の症状は医学的にみていわゆる爆発型精神病質であると誤認した結果、申立人らの損害を過少に算定したが、本件の特質、申立人甲野太郎の後遺症からみて、申立人甲野太郎の慰藉料は一五〇〇万円、申立人甲野花子の慰藉料は三〇〇万円を下らないものであると主張する。しかしながら、原判決は、申立人甲野太郎が本件手術の後遺症のため、精神的能力・意欲が失われ、人格水準が低下し怠惰で無気力・無抑制で浅薄な人格となつたものであつて、到底社会生活に耐えられないような状況にあることを認定したうえ、右のような精神的機能・意欲・感情を損われたことによる申立人甲野太郎の慰藉料としては一二〇〇万円が相当であると判断し、かつ、申立人甲野花子に、申立人甲野太郎の後遺症の存在のため以後円満な家庭生活を期待し得なくなり精神的打撃を受けたことが容易に推認されるが、しかし他方一旦申立人甲野太郎との離婚を決意し、また、申立人甲野太郎の本件手術に同意を与えていたことなどを認定したうえ、諸事情を考慮し、申立人甲野花子の慰藉料としては一〇〇万円が相当であると判断したものであることは判示に照らして明らかであるところ、原判決の挙示する事情に照らしても、また原審の証拠関係によつて窺われる、申立人らの社会的地位、職業、加害の動機、態様など諸般の事情を考慮しても、申立人らの慰藉料額についての原判決の認定が不当に低額であるとは考えられず、また控訴審における主張の補充、立証によつても申立人ら主張の慰藉額が正当として認容される可能性があることを疎明するに足りる資料はない。

3  申立人らは、申立人甲野太郎の逸失利益につき六〇歳までの三一年間平均賃金の四割とし、これをホフマン法でなく、ライプニツツ法で算出したのも不当である旨主張する。しかしながら、原判決が認定した、申立人甲野太郎の本件手術前の稼働状況、身心の疾患等の諸事情を考慮し、申立人甲野太郎の収入を全稼働期間中、全男子労働者平均賃金の四割とした原判決の判断は原判決の挙示する証拠によつて是認することができるし、また、控訴審における新たな証拠の提出によつて、申立人甲野太郎が全男子労働者平均賃金の四割以上の財産上の利益を挙げ得たであろうことを立証する可能性があることを疎明するに足りる資料はない。また、不法行為により将来の得べかりし利益を失つたことによる損害の価額を算定するため、中間利息の控除をどのような計算方法で行うかは、所詮、損害の評価の問題であるから、ある一定の計算方法をとることが明らかに不合理な結果を招く場合は格別、中間利息の控除をいわゆるホフマン式計算方法で行うか、いわゆるライプニツツ式計算方法で行うかは、裁判所が、当該得べかりし利益の得べかりし時期、期間、その算定時期の確実性ないし算定方法諸般の事情を考慮して、その裁量によりこれを決することができ得る事柄であると解するのが相当であるところ、本件のように、得べかりし利益の得べかりし期間が三一年間もの長期に及ぶような場合には、ライプニツツ式計算方法を採ることも一応合理性を持つということができ、他に特に本件においてホフマン式計算方法を採用しなければ不合理となるような特段の事情についての主張、立証はないのみならず、申立人らが控訴審において、右のような特段の事情について主張、立証する可能性があることを疎明するに足りる資料はない。

4  申立人らは、原判決は介護料等として月額三万円を認めたが、精神病院に入院するにしても介護人を付するにしても月額一〇万円以上の費用を要することは公知の事実であると主張するが、申立人らが主張する右事実が公知であるとは考えられないのみならず、申立人甲野太郎は、現在生活保護法の医療扶助により入院治療費全額の保護を受け、介護料を支出していないことがその主張に照らして明らかであるから、申立人らの右主張は理由がない。

(三) 以上によれば、申立人らが本件訴訟救助の申立書に記載した原判決に対する不服の理由はいずれも理由がなく、他に控訴審においての勝訴の見込みに関する具体的主張と疎明は提出されていないから、結局本件訴訟上の救助の申立は「勝訴ノ見込ナキニ非サル」ことの疎明を欠くことに帰着する。

もつとも、申立人らの原判決に対する不服の理由は原判決の損害額の認定にあるところ、本件の場合は、交通事故、労働災害等の一般の不法行為と異なり、特殊な問題点を含んでいるから、控訴人における今後の主張、立証によつては申立人らが控訴審で勝訴する可能性が全くないとは断言できないが、本件訴訟救助申立の本案は、札幌地方裁判所が同裁判所昭和四八年(ワ)第七八六号損害賠償請求事件についてなした判決に対する控訴事件であつて、その控訴審での訴額は六五二一万〇八八五円(貼用印紙額四九万四一〇〇円)であることや原審認容の損害額からすれば、右多額の請求のうちの大部分につき勝訴の見込みがあるとは到底考えられないから、本案訴訟全体としてみて、「勝訴ノ見込ナキニ非サルトキ」に該当しないものと解するのが相当である。

三よつて、申立人らの本件訴訟救助の申立は、その余の点について判断するまでもなく失当であるから、これを却下することとし、主文のとおり決定する。

(寺井忠 塩崎勤 村田達生)

申立の趣旨

控訴人申立人ら、被控訴人相手方ら間の御庁昭和五三年(ネ)第三一〇号損害賠償請求事件につき、申立人らに訴訟上の救助を付与する。

との裁判を求める。

申立の理由

一 申立人らは原告、申立人ら外二名、被告、相手方ら間の札幌地方裁判所昭和四八年(ワ)第七八六号損害賠償請求事件について、昭和五三年九月二九日言渡された判決は不服であるので同年一〇月一二日控訴の申立をした。

二 申立人らは原審において請求の一部は認容されたものの、相手方らもこれを不服として控訴しており、合わせて執行停止の手続もとられたので、申立人らは依然生活保護世帯として生活扶助、医療扶助等を受けており、訴訟費用を支払う資力がない。

三 しかして、控訴審において申立人らが全部勝訴する見込が充分ある。

1 すなわち、原判決が申立人甲野太郎の術前の症状は、医学的にみていわゆる爆発型精神病質と診断できるものと認めるのが相当であると認定したのは誤りである。

原判決は、申立人甲野太郎には本件手術前多くの問題行動が存し、これと精神病質の定義と対比して矛盾するものではないことを右認定の根拠とするが、原判決も正当に判示するように、爆発型精神病質の診断においては決めてとなる問題行動の動機についてその解明を要し、これが得られなければ決し難いのであるにもかかわらず、原判決は申立人甲野太郎の問題行動の動機、原因、背景事情等の解明を欠落させ、自ら設定した一般原則に反する認定をしている。すなわち、問題行動が一時的な飲酒の影響、失業による貧困、相手方の不当な対応、とくに北全病院内での不当な処遇等に基因するものではなく、生来的な性格の偏りに基因するものであるとの認定が肝要であるが、本件においてはこれを認めるに足りる証拠はない。

2 原判決は申立人甲野太郎の本件手術前の症状を爆発型精神病質と誤認した結果、申立人らの損害を過少に算定した。

慰藉料につき、原判決は申立人ら両名と子二名で合計一五〇〇万円としたが、本件の特質、後遺症の程度からみて、合計二〇〇〇万円(甲野太郎一五〇〇万円、甲野花子三〇〇万円、子一人につき一〇〇万円)を下らない。

申立人甲野太郎の逸失利益につき、六〇歳までの三一年間平均賃金の四割とし、これをホフマン法でなく、ライプニツツ法で算出したのも不当である。

また原判決は介護料等として月額三万円を認めたが、精神病院に入院するにしても介護料を付するにしても月額一〇万円以上の費用を要することは公知の事実である。

四 よつて本申立をする。

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